『ゆうれいって、いるんですか?』 あとがき風のもの 二の二
さて、先週書きました『天国のパスポート』という同名の2作品についてですが、
これもご多分に漏れず題名が思いついて、天国に行くためにはどうすればいいのか?
このことをあれやこれや考え始めたわけです。
個人でどうしても天国に行きたいと考えた場合、それは善行をし続ける以外あるまい。
絶対に天国に行きたい、そのためのパスポートがあるとしたなら
なにをすればいいのか?
自分の人生を謳歌して、気のすむまま、好きなように生きてはたして天国に行けるものだろうか。
はたまた決められたような人生で、無難で安全で平凡に生きたとして、天国にいけるものだろうか。
主人公はさんざん考えた挙句、自分の為に生きる人生を捨て、
社会貢献のためだけに自分の人生を注ぎ込むように生きる。
はたしてそんな生き方で天国のパスポートがもらえるものなのか。
僕自身が自問自答しながら、書き上げた作品になりました。
一方『天国のパスポート 策』の方は個人で天国に行ける場合があるとしたら、
もっと大きな単位、たとえば国がその方法を作るとしたら、いったいなんだろうという発想で書きました。
もちろん問題もあることは知っていますが、国民の中には認知症になっても、痴呆になり家族に迷惑をかけてでも
長生きをしたいと思っている人が多いわけではないのです。
もうこれでいいかな、と思う時に苦痛も無しに死ねたとしたなら。
死ぬに死ねない末期の時間より、よっぽどいいじゃないかと僕は思うのです。
そういった意味でこの国に、安楽死なり尊厳死なりが法制化され、厳格なルールの下で
実行されている未来を夢想してしまうのです。
同名の小説『善』と『策』 この2作品はこの世で生きる苦痛から逃れたいと思う人が、
あんがい思っているより、多いんじゃないかいということで書いたものになりました。
きあき秀行
短篇集 ゆうれいって、いるんですか? – 電子書籍出版 クリスタルウインド